1989年9月9日土曜日

平成元年 第26回 サンゴ草まつり

期  日 
平成元年9月9日~10日
本祭りは 9月10日

初秋の風物詩 能取湖畔の”サンゴ草まつり”

湖面に深紅のじゅうたん映え鮮やかとPRを行い実施、深紅のサンゴ草、今年は7~8分の色づきで、秋の装いをみせている。

9月に入ってサンゴ草の群生地は、深紅のじゅうたんを敷いたようになり、澄んだ青空、紺色の湖と美しいコントラストをみせている。

サンゴ草が水辺に深紅のじゅうたんを約3万㎡の群生地に咲くさまは、世界で最も美しい景観とされている。

本祭りの10日は早朝から訪れた市民や遠く、旭川、札幌など、道内各地から訪れた観光客たちは、サンゴ草が静かな湖面に映えるその広がりを楽しみ、北国の秋を味わっていた。

一方会場では能取湖特産の、ツブ、ホタテの浜焼きに舌鼓を打ち、食欲の秋を満喫していた。

また会場に設けられたステージでは、サイダー、ビールの早飲み競争、カラオケ大会等、例年通りの行事が行われたほか、日本プリンスレコード専属歌手で、昨年に引き続いて来場の山口ときこさんが歌う”サンゴ草情話”に、やんやの喝采。ドサンコ乗馬を楽しむ姿も見られた。

この北国の秋をひときわ印象づける、サンゴ草は、霜の降りる10月中旬頃まで咲き続ける。

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1988年9月10日土曜日

昭和63年度 第25回 サンゴ草まつり

期 日
昭和63年9月10日~12日
本祭りは 9月11日

本年度は、日本プリンスレコード会社専属歌手の特別出演があり、小粒が歌うデッカイ演歌、山口ときこの「サンゴ草情話」を披露。大盛況であった。

尚、本年度より各理事役員の担当係を定めた。

総務/ 松下会長
渉外/ 石館、澤野副会長
総務/ 菊池書記、川名会計
庶務/ 藤原、吉多理事
会場/ 笠原、村上、三上(元)、西理事
接待/ 石館副会長、三上(孝)理事
演芸/ 川原田、清野理事、川名会計
宝さがし/ 綾部、笹森、藤井、白川、三上(孝)理事
賄/ 松下会長

○祭り当日は各係相互応援援助により協力することとする。

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1987年9月12日土曜日

昭和62年度 第24回 サンゴ草まつり

期  日 
昭和62年9月12日~14日
本祭りは 9月13日

前本間会長逝去後の祭りであったが在りし日を偲びつつ全員必死に開催運営に汗したサンゴ草祭りであった。

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1986年9月13日土曜日

昭和61年度 第23回 サンゴ草まつり

期 日
昭和61年9月13日~14日
本祭りは 9月14日

行事等は例年通りである。

本年度のサンゴ草まつりを無事終えた安堵からか、本間勝雄会長は体調を損ねられ急遽入院療養することになりましたが同年11月29日残念ながら入院先の病院で急逝されました。

サンゴ草を、こよなく愛し、その任に当られた本間会長の死は関係者にとって最大の痛みであり、その悲しみは言葉では表現しがたいものがあった。

早速理事会を開催し、後任会長に松下稔氏を選出し故本間前会長の功績に対し感謝状を即日遺影の前に贈呈したのである。

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1985年9月14日土曜日

昭和60年度 第22回 サンゴ草まつり

期  日 
昭和60年9月14日~16日
本祭りは、9月15日

例年ではあるが、当日のツブ、ホタテの販売及びツブ、ホタテ焼き賞味会は大人気であり、カラオケ大会は、地元の外近隣町村の北見市、美幌町、津別町、斜里町、遠くは札幌市よりの来遊者の出場で会場内はヤンヤの喝采が渦巻いた。

サンゴ草まつりは、毎年9月の第二日曜日に開催されているものであるが、今年は皇太子殿下、同妃殿下ご夫妻のご視察と重なる為、わざわざ一週間まつりを延期して、ご夫妻をご歓迎することとなったのであります。

皇太子殿下、同妃殿下には、海の日の行事にご出席なさるため、ご来道され、新女満別空港にお着きになり、宿舎である常呂町栄浦のサロマ湖東急リゾートに向かわれる途中、網走市卯原内の能取湖畔でサンゴ草の群生地をご覧になるのでありました。


サンゴ群落としては全国一の能取湖を有する地元卯原内としては「皇太子殿下、同妃殿下ご夫妻に、ご覧頂けることは光栄です」と、観光協会と卯原内町内会、同部落では、ご歓迎用の、日の丸の小旗を千本用意して、地域を挙げてご歓迎することとなりました。

 <「光栄です」と本間観光協会長>

お立ち寄る群生落には地元住民及び隣の二見ヶ岡地区からも参加し、両殿下がお通りになる嘉多山地区では、沿道でそれぞれに住民がお迎えすることとなったのです。

今年は、春先の霜と、昨年整地したところに潮が入ったためサンゴ草の生育が、例年より悪かったが、9月に入ってようやく真紅に色づき始めたのであります。

色づきを一番心配していた本間観光協会長は、「ありのままの姿を皇太子殿下、同妃殿下にご覧いただきたい」と広場を少し整地しただけで、特別に手入れはしないこととなったのであります。

しかし、当日になって夜半来の猛雨は、全く止みそうもない最悪の天候となった。群落地内も、お立ち台場も水浸しの状態となった為、市、及び土現が火山灰を運び整地に大わらわ。

関係者は、正装の上に作業服を着て、水たまりの埋没の指揮手配に懸命であり、私たちはご来場されるまで、雨の止むことを祈るのみである。

ご到着の時間が近づくと、奇跡が起きた。

激しく降り注いでいた雨が突然晴れ上がり、太陽もでた。誰からともなく歓声が上がった。

俄かに辺りが騒々しくなり、人の動きも激しくなって来た。

お待ち申していた両殿下のご到着である。

あの豪雨は全く嘘のようである。

 <皇太子殿下・同妃殿下 御来訪>

「サンゴ草」についてご説明役に当られた、本間観光協会長のあの雄姿と大役遂行は、今もって忘れられないが、時には身を乗り出してご説明を聴聞され、首を前後にうなずかれる両殿下のお姿は、お歓迎申し上げた私達に満足をお与え下さったものです。

その時一羽の白いゴミ鳥が深紅のサンゴ草群落上に舞い飛び、「アラ、すばらしい!!」とつぶやかれた妃殿下のお様子が真に印象深かった。

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